木更津市の公民館一覧

地域住民の生活に密着した公民館

地域住民のサークルや学びといった活動を通して生活と密着した活動を行う公民館。木更津市内の公民館を一覧表示。それぞれの公民館情報には地図や公民館だよりも掲載

マタニティーマークをとおした「妊婦にやさしい環境づくり」の推進

マタニティーマークをとおした「妊婦にやさしい環境づくり」の推進

妊婦さんへの思いやりをマークにしました。このマークを付けているお母さんを見かけたら、皆さんの思いやりある気遣いをお願いします。


木更津の観光情報・木更津の不動産情報・きさらづの遊び場情報は木更津地域ポータルサイト「きさこん」

夢を持て!そして自分の手でつかめ!諦めるな!


そう訴える「山本寛斎」氏からは年齢を感じさせない熱いものがほとばしる!!



日本武尊が弟橘姫を思い詠んだ「君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき」この歌の一節君さらずが転じて、地名となったと伝えられている「木更津」。
古くは「五大力船」を用いた安房・上総-江戸間との海上輸送を取り扱う流通拠点として急激に発展し、また、隣の君津市に八幡製鉄所(新日本製鐵)が誘致されたことにより、人口増加を契機に経済活動が活発になり、木更津駅前には大手販売店であるそごうやダイエー、西友などが進出し、木更津市を中心とする木更津商圏が形成され、南房総の物流拠点として商業中心都市として商圏を形成していった。
しかし、バブル崩壊による不景気と日本長期信用銀行の破綻による金融支援の行き詰まりが要因で木更津そごうが撤退、連鎖するように駅東口に出店していたダイエーも閉店、木更津そごうやダイエーのような駅前の中心的存在であった大型店舗が相次いで撤退した事により、集客力を失った駅前商店街では閉店する店舗が続出し、閑散としたシャッター通りへと変貌していった。





2007年12月9日

「山本寛斎が木更津を元気に!!」

と銘打って開かれたこの日の講演会には市内外から1000名を超える人々が集まった。

「自分の才能は自ら見出せ!」
と言う言葉は聞いているみんなを惹き付ける。

「君去らず」の木更津にしよう!!


そう言って山本寛斎氏の講演は終わりを迎えた。
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